社長ブログ

2023/07/31

2040年の衝撃

2040年の衝撃

とある勉強会に出た際、講師から教えてもらったレポートをダウンロードして読んでみた。それは、2040年の日本における労働環境を中心とした国内の社会状況を予測したレポート、そこに記載されていた「予測」が、現実を知らされたという意味で、なかなかに衝撃的であった。

非常に乱暴に一言でまとめるなら、労働力が日に日に減っていく日本において個人の働き方やその意識だけでなく、ルールを整備する側(行政や企業側)の思考も大きく変えていかないと、いろんなものが立ち行かなくなるというモノ。人口動態をベースとして予測をすれば、2040年時点で社会における労働需給ギャップは1100万人を超えるというもので、これだけの労働力(働き手のこと)が必要だ、と言っている社会において1100万人分の供給が不足しているということ。これを単純計算すると毎年島根県の人口(約66万人)くらいの労働力が減っているのが実態で、実際に数字を置かれてみると深刻さが理解できる。

現在当たり前と思っている社会生活維持のための労働力さえ不足しかねず、すなわちモノの配送、ゴミの収集、災害からの復旧、介護サービス、警察による治安維持などを指す、インフラと呼ばれるような仕事においても労働力の不足は明らかだと言う。

もちろん、根っこにあるのは少子高齢化に尽きるのだろうし、それは何十年も前から分かっていたにもかかわらず、課題に向き合わず先送りしてきたツケであることは言うまでもない。何せ17年後である。

17年後に急に1000万人を超える労働力が足りなくなるわけではないが、それにしてもすぐ過ぎやしないか17年なんて、とちょっと考えさせられた。レポートではこうした実情を知ったうえでの解決提言もしていて、何かできることは無いかと感じた。

その1つが、「徹底した機械化と自動化」である。自分たちの仕事に置き換えたとき、何が自動化できるだろう?ということを真剣に考えなければならないのだろう。私たちの仕事は労働集約型ゆえ、人による労働力は何物にも代えられない、と凝り固まってはいられないのである。

100%機械化、自動化は無理だとしても、意識しなければならないテーマだろう。もう1つが、社会に対して自分の行動や思考が何らか機能・作用しているような活動というもの。分かりにくいのだが例えば、自分の健康維持のためにランニングやウォーキングをしている人が多いが、ランをしながら地域を見守るパトロールの取り組みに替えるといった取り組みは、趣味が社会の何かに作用(貢献や機能とも)しているわけで、こうした共生や互酬が労働力不足を解消する1つになり得るという策だ。趣味と実益を兼ねて、ではないが、自分の楽しみのための活動が実は社会の何かに役立っている、といったことは意外にあるのかも知れない。

ここに報酬が要るのは確かだが、報酬はなにも経済的なそれだけでなく、心理報酬や社会的報酬などもあるようで、何となく社会主義っぽくもあるけど、労働力が決定的に足りない現実ではやむを得ないのかも知れない。

15年後の自分は72歳、まあこれもビックリではあるが、その年齢で社会生活を維持することさえままならないのは、さすがに忍びないと感じる。ルールを作る側としての企業の人間として、時短やリモートワークといったことではない、構造的な働き方や労働の再定義が必要だと、このレポートで思わされたのだ。

さて、何から手をつけるべきなのだろうか??

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